焦るおじさん

テレビのニュース番組でふと流れた就労ビザというテロップの「労」という字を見ただけで、動悸がして吐き気がする。だんだんと焦燥感がおじさんの内側で膨張していって、繊細で怠惰な心がじわじわと押し潰されようとしている。
平日の真昼間に外へ出掛けたとしたら、まるで近所の人たちが窓のカーテンの隙間からこちらをちらりと見て「あの人平日の真昼間から出掛けてるわ何なのかしら」と思われているんじゃないかと思ってしまう。だから特に用もなければ一日中家に引きこもるか、買い物などの正当な用があったとしてもさながら忍者か配達員のように素早く家を出入りしなければならない。
それどころか、家に一日中引きこもっていることすら気付かれてはならない。階下に聞こえないように足音を立てず、外に洗濯物も干さず、どたばたと掃除もせず、電子レンジの調理完了の音もキャンセルさせ、大人しくテレビを小さな音で見ているか横になって夢の世界で闊歩するかしかない。自意識過剰であろうとも、狭い地域コミュニティでは無用な注意を引くことは極力避ける必要がある。
果たしてここは刑務所だっただろうか? 近所の人たちは僕の自由をその目と耳とで監視する刑務官だっただろうか?
こんな錯覚すら感じてしまう状況下でいつまでも暮らしていたら精神的に参ってしまいそうだから、できるだけ早く自分が自由に外を歩ける存在であると認められるような立場におじさん自身を誘導しなければならない。つまり、……。
考えると吐き気を催す。考えてその先の行動に移さなければならないのは解ってはいるが、おじさんは拒否している。自分で拒否しながら焦っているのだから、おじさんはどうにも仕方がない。