本当に電車がダメで

やはり電車がダメだ。午後に三時間近く乗車していたが、具合が悪いと思い始めたらますます具合が悪くなったと思ってしまって降りたくなること数度。数時間経った今でも何となく気分が悪い。めまいや吐き気、そこら辺に関係する神経系が、おそらく心因的な影響を受けるようになってしまっている。
一体この電車がダメなのがもう何年も治まらないのは何故なのか、と具合が悪い中考えた。電車の特徴としては、

  • 閉鎖された空間
  • 発車すると数分間逃げ場がない空間
  • 揺れる
  • 周囲は知らない人だらけ

などといったマイナス要素を真っ先に思い浮かべてしまう。そしてこれらの要素で重要なのは何だろう、と考えた時、この電車と似た環境が連想される。試験会場だ。
この通り、試験会場でも具合が悪くなるのは自分でも認識している。そして試験会場では電車と同様、外界から隔離され閉鎖された空間であり、試験が始まると何時間も逃げられない空間であり、周囲は同じ受験生の人だらけだ。流石に揺れはしないが、それでも電車乗車時と似たように気分が悪くなる。ということは電車で揺れること自体は、具合が悪くなる要素で重大ではないということになるのかも知れない。
つまり電車と試験会場とを比較検討すると、「閉鎖されて逃げることが容易でなく人が集う場」がこの具合の悪さをもたらしている要素であるという仮定になる。この仮定が真であれば、映画館での映画鑑賞も何らかの会議の場も式典の場もおそらくダメだということになる。そしておそらくではなく、これらの場でも確かに電車同様に具合が悪くなる。環境が具合の悪さに影響を与えているということは限りなく真なのだろう。
普通の人は、おそらく何の苦もなく電車にも乗れるし映画も鑑賞できるし試験も受けられる。ということは、僕自身に問題がある、逆に言えば、その問題を取り除けば僕も普通の人と同様に何の苦もなく電車に乗り映画鑑賞をし受験もできる、ということに違いない。
これまでの成長過程で、この「閉鎖されて逃げられない場」が体調に影響を及ぼすほど苦手になってしまう切っ掛けが何かあったのか。あったとしてももう憶えていないし、それを掘り返したところで治るとは思えない。
これは、治りようがあるのだろうか? 何かもうダメだ。