医薬分業

病院行って薬局行くのって二度手間だよな。
仮に会社員が風邪を引いて熱が出て怠くて怠くて仕事もできないから病院へ向かうとしよう。風邪シーズンなのか病院の待合室はゴホゴホと沢山の咳の音で溢れかえる中、何十分も待たされてようやく診察室へ呼ばれる。医者はちょっと口の中を覗いてもう今日何度も声に出した定型文の如く「ああ、風邪だね、薬出しておくからね」と言うだけの一分診療。まあ風邪が流行っていて僕の場合もそうなんだろうと思うのは解るけどさ、もうちょっとまともに診てよ、とは口にも出さず、代わりに「ありがとうございました」と何がありがとうなのか解らないまま診察室を追い出されるかのようにすごすごと出て行き、再び待合室で何十分も待つ。何だこりゃ、僕は待つためだけに病院へ来たのか、と思っているとやっと会計に呼ばれる。お金と引き換えに渡されるのは訳の解らん明細書と領収書、それと処方箋という名のお薬引換券。「オダイジニー」とやはりこちらも定型文の如く音を発する受付のおばさんに軽く会釈をして、ようやく病院という待たされ地獄から解き放たれる。
やったーやっと娑婆に出られたぞーと外界の新鮮な空気を吸い込んで思うも、薬を貰わなければ何の意味もない。向かわなければならない先は目の前の薬局。足を踏み入れると、そこはさながら老人ホームの談話室の如く爺さん婆さんで溢れかえっている。お薬引換券を受け付けのお姉さんに手渡して、ちょっと待つ。「○○サマー」。ああ僕じゃない。「××サマー」。ああまた僕じゃない。そうして気付くと何十分も時間が経っている。病院でも待たされたのに、ここでもまた待つのか。おい薬貰うためにここに来ただけなのにどうしてこんなに時間が掛かるんだ。カウンタの白衣の姉ちゃん、呑気に婆さんと世間話してんじゃねえよ。薬だけ渡してさっさと客を回せ。
とイライラを募らせながら待っていると、「●●サマー」。ああ、ようやく僕が呼ばれた。さあとっとと薬だけ貰って帰るか、と早足でカウンタへ向かう。と待ち構えていた薬剤師と思われる白衣の姉ちゃんが一言、「今日は風邪ですか?」。うるせーこのアマ、風邪だよ。医者に言ったんだから薬貰いにきたんだろ。とは思いつつもここは大人しく「はい」。「今日のお薬はですねぇ、こちらとこちらとこちらとこちらのお薬が出ていますぅ」。おお分かったよ。説明書きの通りに飲みゃあいいんだろ。口頭の説明はいいよ。「こちらのお薬は抗生物質でぇ、細菌を殺す作用がありますぅ」。分かるからいいよ。僕は早く帰りたいの。「鉄を含むサプリメントなどと一緒に飲むとぉ、効果が弱まってしまうのでぇ、一緒に飲まないで下さいねぇ」。サプリメントなんか飲んでないよ。ああ帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい。「それでこちらのお薬は炎症を抑えるお薬でぇ……」。帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい。「あと頓服でぇ、解熱剤が出てますねぇ、お熱は何度くらいですかぁ?」。「もういいです、急いでいるんで!」。おお、とうとうキレてしまった。我慢強いと自認している僕がもう耐えられなくなっていた。「そうですかぁ、あ、でも空腹時には飲まないで下さいねぇ」。呑気なもんだ。
「それで? お会計幾ら?」。お金を渡し、薬の入った袋を引ったくるようにして出口へ向かう。最初っから薬だけ渡しゃあいいんだよ。医者じゃあるめえし熱なんか訊くんじゃねえよ。自動ドアの開き方さえ遅く感じられた僕に、後ろから「オダイジニー」の呪文の合唱が聞こえる。はあ。病院でも待たされて薬局でも待たされてその上お薬のお説教かよ。患者が無知だと思って舐めてんのか? 家に帰ると二時間は過ぎていた。風邪のために二時間。しかも二度も金を払う。僕が子供の頃はこんなんだったか? 病院で薬を貰わなかったか? どうしてこうなった?
Fuck you, 医薬分業!


僕はかねがねそう思いながら薬剤師として幾つかの薬局に勤めてきた。その中で実際に上の話のような患者の応対をすることもあった。「急いでいるから説明はいい」、「解っているから早く薬だけ寄越せ」、「医者でもないのに余計なことを訊くな」。こう言われることがどんなに辛いか。実際に言われるケースはごく稀だったけれども、思われているだろうなと思いながら薬の説明をするのは辛い。僕は、薬剤師は一体何なのか。


上のお話には続きがある。
さて、やっと手に入れた薬を飲むか。熱もあることだし解熱剤を一錠。いや二錠と行こう。薬と一緒に入っていた説明書きをとりあえず読む。何、”空腹時に飲むと胃が荒れる”? 確かあの薬局の薬剤師も言っていたな。そんなの構うもんか。僕は日頃晒されているストレスにもやられないほど胃が強いから、薬如きで胃が荒れる訳がない。どうせ万が一の副作用だろう。関係ないね。
と思って薬を飲んでしばらくしたら、何やら胃がムカムカしてきた。おや、これは午前中沢山待たされたストレスのせいか。そうに違いない。薬のせい? 薬で胃が荒れるなんて僕に限ってある訳がない。
五日後、僕は吐血した。解熱剤の飲み過ぎ、しかも不適切な服用方法による胃潰瘍ということだった。
そうして僕はまたあの薬局へ向かうことになった。「あ、この前の風邪の方ですね、風邪は治りましたかぁ? 今日は胃のお薬が出てますねぇ、胃炎か何かですかぁ?」。僕はしゅんとしながら理由を説明する。情けない理由だ。「ああ、そうですかぁ。それは大変でしたねぇ。ちゃんとお薬の飲み方は守って下さいねぇ? それで今回のお薬はこちらとこちらとこちらでぇ……」。今度はしっかりとお説教、いや、説明を聞いた。
「オダイジニー」。