誤解されたかも知れないという誤解、それもまた誤解である可能性

僕には他人にも自分にも何故言ったのかよく解らないジョークを突然言う癖があるらしく、それが真面目な話をしている時にもポンと出てくるものだから、恐らく他人をイライラさせているに違いない。
言う時は全く自覚がなく、反射的に何も考えず口が動いて言葉を発してしまうから尚更たちが悪い。その後の相手の姿勢を思い返し、あるいは変に曲解し、「ああ、誤解を与えてしまったな」と酷く落ち込むことが多々ある。
けれどもそれは違い、僕自身の誤解なのではないかと思い始めた。人は僕の言動によって僕を「誤解」したのではなくて、人は僕を「正しく理解」したのだ。場にそぐわない言動を取るおかしな奴だと僕を「正しく理解」した上で、苛立ちを募らせる結果になっているのかも知れない。
それだから普段は余計な言動をするまいとビクビクとした態度になってしまい、却って人の目には挙動不審に映る。それがまた苛立ちの要素の一つとなって、苛立ちを感じていない人でさえ苛立つことになる。その中で不意に発せられる、タイミング意図の全く不明な奇言。そりゃ冷静な人も怒るわけだ。
というのが現段階の僕の行き詰まり、人間関係構築上の障害の要因と思っている。
けれども、それもまた僕の過剰な自意識が為す誤解であるという可能性も否定できない。要するに、他人は僕の奇言など構っちゃいないのだ。僕にとっては僕自身の奇言は重要な負の要因であるのは確かだけれども、他人は他人でそれぞれ忙しいわけで、取るに足らない存在である僕のことなど考えるエネルギーを傾けるほど暇ではないはずだ。
などとウジウジ考える点もまた人を苛立たせるという結果になる。もう何が正しくて何が正しくないのか判らない。アーメン