馬の前にニンジンを吊り下げてみよう

地位をぶら下げられてそれに飛び付こうとする僕は、責任という太い縄できつく縛られようとしている。もう後がない、しかし名声が欲しい、という性な僕の足下を見られたか。辞めるに辞められなくなったぞ。
簡単に辞められなくなるというのは辞め癖の付いてしまっている僕にとっては良いことなのかも知れないが、本当に辞めたくなったらこれはソフトな辞め方ができないということも意味してしまう。つまり前のようにベランダで過ごすことでもしない限り、僕は毎朝電車に乗らねばならぬのだ。しかも賃金は上がらないと来た。賃金は責任の対価でしょ。それとも社会欲を満たすことの対価が責任なのか。ああよく分からない。
昨日の夜考えていた構想は崩れ去った。適任な後釜を捕まえて完全なる引き継ぎをして風のように去るという、立つ鳥跡を濁さず構想。去った後どうするの、という疑問の答えが今日の出来事だったのかも知れない。