バ蚊がプーンプーンとうるさくて刺されるのが嫌だから全身に毛布をサナギのように被って寝ようとしたが、それでもプーンプーンと羽音を毛布越しに響かせてくる上に毛布で覆われているものだから暑さも重なって気になって気になって仕方のないまま眠れずに朝を迎え、遺憾に思っているうちについにウトウトが訪れて、気付いたら午後二時だった。最悪だ。バ蚊のせいで休日が台無しな上に生活リズム大崩れだ。
けれどもバ蚊だって僕を苦しめようという恣意的な悪意があってプーンプーンと飛び回っていたわけではなくて、自分が生きるために僕の血を吸おうとしていたのだ。あの蚊がバカと呼ばれるべきなら、地球の他の生物にとっての人間こそ鬱陶しいバカでしかない。
もし野生生物や飼育生物が人間並みの知能と言語能力を獲得したら、山から野から海から飛び出して決起した彼らは、きっとバカバカ罵りながら人間をメッタメタのギッタギタにして人間の秩序を破壊し尽くした上に、終いには国連本部さえ占拠して「愚かなホモ・サピエンスによって支配される暗黒の時代はついにその終わりを迎えた」と全世界の生物に声明を出して歓喜に湧くのだろう。
現実的にはそんなことはおそらく有り得ないだろうから、種としての人類はその歴史上の出来事とは別にしばらく安泰に違いない。だから蚊に血を吸われるのが苦痛だから叩き潰そうが、畑に出没した熊が危険だから射殺しようが、人間にとっては正当化される当然の権利で有り続ける。不快なものは排除、危険なものは排除。それが他の種に対する人間の基本姿勢なのだろうけれども、熊にしても自分の縄張りに立ち入るものは排除するし、蜂だって巣を守るためには自分の命を賭けてでも他者を攻撃する。人間だけではなくて、動物全体の基本姿勢、本能なのだろう。
つまり、僕が蚊をバ蚊と呼ぶのは何ら問題はない。バー蚊、バー蚊!